職場のハラスメント対応1:「匿名」相談への対応の難しさ
- kikuchilaw8356
- 4月6日
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更新日:6月15日

1.はじめに
「職場のハラスメント対応」については対策本も多数出ており、またインターネットで検索すれば厚生労働省はもとより、法律事務所や労務関係のホームページで予防策や対応策が詳細に示されていますので、ここでは対応全般について重ねてお話しするのではなく、実際のハラスメント相談対応手続においてしばしばご相談を受ける点をピンポイントで取り上げたいと思います。
第1話は、『「匿名」相談への対応の難しさ』についてです。
2.「匿名」で相談したい相談者
職場内にハラスメント窓口がある場合、窓口にはしばしば「匿名」での相談がはいります。「匿名」での相談には、相談者がまったく特定できないという意味での「匿名」相談と、例えば相談窓口に相談に来た相談者が「名前は伏せてほしい」と要望するために「匿名」で受け付ける相談とがあります。職員が窓口になっている場合には前者のケースが多いようです。逆に、弁護士などの第三者が相談窓口になっている場合には、後者の相談がよくあります。
相談者が「匿名」にする理由は、
①相談した事が相手にわかってしまうのではないか、その場合、相手から仕返しされる
のではと不安がある。
②相談したことが周囲にわかることで、ハラスメントの相談をするような人と仲間 から排除されたり、中傷誹謗されるのではないかとの不安がある。
③組織が相手を守るためにむしろ相談者を排除するのではないかとの心配がある。
などの不安や心配によることが多いのですが、ときには相談窓口が信頼できるかどうかわからないので、実名での相談に抵抗があるという意見も耳にします。
ハラスメントの相談は、相談者にとっては極めて深刻なものであり、相談すること自体に様々な不安や怖れが伴うものです。いくら「秘密は厳守します」「組織は相談者をお守りします」と言っても、相談者はそう簡単に不安を拭えるものではありません。できればまずは匿名で様子を見たいという相談者の気持ちは尊重されることが望まれます。
3.「匿名」相談の重要性
ところで事業主は、労働契約法第5条(労働者の安全への配慮:「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。」)に基づいて職場環境配慮義務を負っています。
したがって、ハラスメントのない職場環境をめざすために、職場内にハラスメントがある場合には、いち早くその情報を収集し、適切に対応することでハラスメント事案を解決に導き、かつ予防に努めることが求められます(具体的には、ハラスメント防止のために厚生労働省が定めた「事業主が雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(→【資料】)がありますので、参考にされてください。)。 そのためには、「匿名」相談を幅広く受け容れ、できるだけ多くの声を拾い上げることが必要であることはいうまでもありません。それは組織の自浄作用につながるからです。
匿名相談は扱いが難しいので受け容れたくないという企業も少なくありませんが、ハラスメントのない職場環境を作るのは事業主の義務です。そのためには広く情報を集め、問題が大きくならないうちに、また、相談者に深刻な影響が生じないうちに早期に解決していくことが必要です。そのためにも、積極的に匿名相談も受け付けていくことが望まれます。
4.「匿名」相談への対応/ヒント
匿名相談があった場合には、匿名のまま相談者の話を聞くことになります。組織内部の窓口の場合は、できれば相談内容は相談を受けた者のみが対応し、同じ窓口内部の者であっても情報を共有しないことが望ましいのですが、やむを得ない場合でも、極力、限られた最小限の関係者の中でのみ情報を共有するに止めることが必要です。なぜなら、相談内容が広く共有されることによって、相談者が特定されることも決して少なくないからです。
第三者が窓口の場合(例えばホットラインなど)でも同様です。相談者宛に届いた匿名相談の具体的な相談内容が企業に報告されると、そこから相談者が特定されることもあるからです。企業への報告が必要な場合には、具体的な内容ではなく、大まかな問題領域に止めることが必要です。
5.ハラスメント調査と「匿名性」の保持
さて、相談者本人が調査を希望すれば調査を進めることになりますが、ここで問題が生じます。相談内容が個別具体的な場合は、事実関係等の調査の過程では、匿名性の保持は難しくなるからです。したがって、匿名相談の場合は、必ず事前に相談者にその可能性を伝え、相談者の要望も容れつつ調査方法等を工夫していく必要があります。
例えば、自ら相談した事実さえ明らかにならなければ、証言者として証言するのは厭わないという場合もあります。その場合は、相談者が特定されないよう、個別具体的な相談があった事実は伏せ、ハラスメント事案の生じている部署及びその周辺に対して、アンケート調査や職場環境の部署別ヒアリング調査などの名目で幅広く情報を集めることから始めるのもひとつの方法です。
6.「匿名」相談のデメリット
もちろん、匿名相談にはリスクやデメリットもあります。中には誰かを陥れるための申出であったり、中傷誹謗であったり、職場内を混乱させるためだけの虚偽の申出であったりする可能性も決してゼロではありません。また、そもそも相談が「匿名」で寄せられた場合、調査の方法や調査結果などの問い合わせや報告をすることができません。
そのような場合を避けるためには、窓口に弁護士などの第三者が対応できるホットラインを置いて、ホットラインには実名及び連絡先を明らかにし、ホットラインとの間だけでは相談者本人と連絡が取れるようにするのもひとつの方法です。また、相談者に一時的なメールアドレスを作成してもらい、そのアドレスを使って相談するという方法もあります。
是非、「匿名」相談も含めて相談しやすい体制を作り、ハラスメントのない職場環境を目指してください。
* ハラスメントについては、令和元年6月5日に「女性の職業生活における活躍の推進に関する法律等の一部を改正する法律」が公布され、これによって「労働施策総合推進法」及び「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律(いわゆる男女雇用機会均等法)」「育児休業、介護休業等育児又は家族介護を行う労働者の福祉に関する法律(いわゆる育児・介護休業法)」が改正され(令和2年6月1日施行)、同時に、ハラスメント防止のために事業主が雇用管理上講ずべき措置等についての指針が適用されるに至っています(令和2年厚労省告示第5号(パワーハラスメント)、令和2年厚労省告示第6号(セクシャルハラスメント)、平成28年厚労省告示第312号(マタニティハラスメント))。