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面会交流:子どもを父親に会わせたくない母親の思い

  • 執筆者の写真: kikuchilaw8356
    kikuchilaw8356
  • 4月4日
  • 読了時間: 9分

更新日:5月16日


1.「こどもを父親に会わせたくない」母親の思い

1)未成年の子のいる夫婦が別居または離婚したとき、問題となるのは、子を監護する側が、相手方に子を会わせたくないという思いを持つ場合です。

 未成年の子については、特別な事情がなければ通常は母親が監護者となることが多いことから、こどもと会わせてもらえない非監護者である父親が、子と定期的な面会を求めて家庭裁判所に面会交流の調停申立をすることになるのですが、その際に少なくない数の母親が口にするのが、「できればこどもを父親に会わせたくない」という言葉です。

 離婚した夫婦の場合、離婚後も面会交流のために連絡しあったり、顔を合わせることに苦痛を感じる母親は少なくありませんが、面会交流自体に対しても拒否反応を示す母親はかなり多いように感じます。面会交流は、母親にとっては、別れた夫が母親とこどもの日常生活の中に入り込んでくることですから、それを快く思えないとしても、ある意味、わからないではありません。


2)母親が「こどもを父親に会わせたくない」と主張する場合、それは度々、ただの感情的な主張と捉えられてしまい、父親から「母親自身が父親を嫌いだから会わせないだけだ」とか「嫌がらせで会わせないだけだ」などと言われたりもします。

 しかし、こども自身が父親と会うことに消極的であったり、嫌がっていたり、父親を怖がっている場合はいうまでもないですが、そのようなことがなくとも、こどもを父親に会わせたくないと思う母親は決して少なくありません。その主な原因・背景事情は、例えば以下のように、母親が抱く様々な不安にあります。

 ① こどもを奪われる不安

ひとつは、こどもを奪われるのではないかという不安です。父親が面会後にこどもを返さない、面会時にこどもに父親と一緒に生活するように誘導する、こどもに母親の悪口を吹き込んでこどもと母親の信頼関係を壊そうとするなど、こどもの気持ちが母親から離れて父親の方に行ってしまうことへの不安は母親にとっては非常に大きな不安です。

例えば、離婚後に母親が子育ての責任をひとりで負い、日々の仕事と育児の両立の中で精神的にも身体的にも疲弊していくと、日常のちょっとしたことでこどもを叱ってしまったり小言を言ってしまったり、つい語調強く注意してしまったりということが多くなりがちです。また、経済的な問題があれば、いろいろな点でこどもに我慢させる必要も出てきます。

そのような中で、父親が、面会交流時に、久しぶりの面会だからと、こどもに欲しいものを買い与え、こどもの行きたいところに連れて行き、こどもの食べたいものを食べるなどしてこどもと楽しい時間を過ごすことは、母親にとっては必ずしも歓迎されることではありません。こどもが、叱ってばかりいる母親よりも父親と一緒にいたいと思うのではないかという不安は母親にとっては大きなストレスだからです。ときには、「月1回の面会時にこどもにいい顔をし、甘えさせ、こどもの喜ぶことだけして優しい父親ぶる姿に怒りがこみ上げてくる」という叫びも聞こえてきます。母親が父親に否定的な感情を持っていればなおさらです。

 ② 生活スタイル・ルール等が乱される不安

もう一つは、子育てについての価値観や目標、生活ルールについての考え方などが母親と父親の間で大きく違っている場合には、母親がこどもと築いてきた生活スタイルやルールが、月1度の定期的な面会でその都度大きく乱されるのではないかという不安です。とりわけ父親が母親の価値観や生活上のルールに否定的であるばあいはなおさらです。

それによってこどもの心身の健康にも影響が生じることになれば、母親の精神的負担は計り知れません(こどもが体調を崩して通院する必要があれば身体的にも、時間的にも、経済的にも、負担はひとり母親にかかってきます)。

 ③ その他

  他にも、こどもの日常に接していない父親は、こどもの心身の変化等に即座に対応できるだけの情報がなかったり、また、こどもの行動の特性を十分に理解できていないことが多く、それによって、面会時に思わぬ事故が生ずる場合も決してないわけではありません。特に母親が、これまでの父親のこどもへの対応や父親自身の性格、父親の日常生活などから、父親の行動を信頼できていない場合には、面会中にこどもに事故があったりその他予想を超えた問題が生じるのではないかと絶えず不安だという声も聞こえてきます。 

  また、母親が父親の個性や趣味嗜好等に否定的な感情を強く持っている場合には、こどもに「こんな父親が自分の父親なのだと思わせたくない」、こどもに「こんな父親の影響を受けてほしくない」「父親のまねをして欲しくない」という思いから「会わせたくない」という拒絶につながることも少なくありません。


3)このように、母親の不安が、面会交流によってこども自身に精神的なストレスが生じることや、こどもの生活に支障が生じることなど、こどもに及びうるマイナスの影響を回避したいという思いから生じるものであるならば、面会交流を拒絶することで回避するのではなく、何らかの親子交流を進める中で回避する方策を考えることも可能といえるでしょう。それについては、3でお話ししたいと思います。


2.面会交流は誰のため?

1)ところで、面会交流は誰のためにあるものでしょう。父親からよく聞くのは「父親にはこどもに会う権利がある」という主張です。

 しかし、面会交流は親のためにあるものではなく、親の都合で決めることのできるものでもありません。親子の交流はこどもの福祉のため、こどもが父親と母親の双方から等しく愛されて健全に育っていくために必要なことであるとされており、裁判所も、子の「福祉を害する等面会交流を制限すべき特段の事由がない限り、面会交流を実施していくのが相当である。」(東京高等裁判所H25.7.3決定)、「子の福祉に反しない限り、・・面会交流は認められるべきである。」(東京高等裁判所H30.11.20決定)と述べています。

 また、面会交流の可否については、「非監護親と子との関係、子の心身の状況、子の意向及び心情、監護親と非監護親との関係その他子をめぐる一切の事情を考慮した上で、子の利益を最も優先して判断すべきである」とも述べています(上掲東京高等裁判所H30.11.20決定)。

 加えて、令和8年5月までに施行予定の改正民法においては、こどもの利益の確保を目的として、婚姻関係の有無にかかわらず父母がこどもに対して負うべき責務が明確に示されており(新設:第817条の12)、具体的な父母の責務として、親権の問題(共同親権の問題も含めて)と共に養育費の確保や親子の交流の実現に向けての諸規定が整備されています。ここでは、親子の交流はこどもの権利であることが明確に述べられています。 


2)したがって、面会交流について、ただ双方の親が「会わせたくない」「会わせよ」と主張しあっていても、裁判所を説得することはできません。

 先に述べたように、母親が面会交流に対して持つ不安が、面会交流によってこども自身に精神的なストレスが生じることや、こどもの生活に支障が生じることなど、こどもに及びうるマイナスの影響を回避したいという思いから生じるものであるならば、面会交流の話し合いにおいては、なぜ母親は父親にこどもを会わせたくないのか、父親と会わせることにどのような不安があるのか、父親と会わせることによってどのような支障が生じると考えられるのか等、母親が会わせたくないと思うに至る原因や背景事情をひとつひとつ明らかにしていくことが大事な出発点であるといえるでしょう。

 この出発点から話し合いを進めていくことは、会わせたくないと思う母親にとってばかりではなく、会いたいと思う父親にとっても同様に必要なことです。双方の話し合いの行き着くべき目的はひとつ、「こどもの利益を最も優先して考慮した適切な親子交流の実現」だからです。

 

3.適切な交流の実現に向けて:何を協議するか

1)面会交流の話し合いの中で、母親が「会わせたくない」と思うに至る原因や背景事情として考えられる不安等が明らかになったならば、次のステップは、父親と会うことによってその不安が現実化する可能性や生じうる具体的な支障等について、それを回避する手段があるか否かの点も含めてひとつひとつ検討をかさねていくことです。この検討を経て、不安が現実化する可能性や生じうる具体的な支障を回避する手段が見つかるならば、それを取り入れながら、こどもの利益を害することなく実施できる親子交流の方法を考えていくことになります。

 例えば、不安の原因となる事項について、約束事項、禁止事項等として面接交流の方法や内容等の中に盛り込んだり、交流の場に母親または母親の指定する第三者が同行することや民間の交流支援を利用するなどが考えられます。また、当面は父親がこどもに宛てて手紙やメールを送るなどの間接交流から始めて、段階的に交流を進めていく方法を選択することもひとつの解決方法です。


2)令和6年の司法統計資料によれば、令和5年度の面会交流に関する調停事件の新規受理件数の総数は12577件で、そのうち調停が成立した件数は約半数です。面会交流の調停事件は、不成立になると審判に移行し、審判に移行すると当事者双方の意向に関わらず、裁判官が本件において最も適切と考える面会交流の方法や回数等を判断しますので、場合によっては当事者の一方または双方に大きな不満を残すことにもなります。その意味では、双方が歩み寄って合意によって決めるのが良いことは言うまでもありません。

 とはいえ、協議を重ねれば双方が相手の視点や立場からの思いを理解したり受け容れることができるなどと簡単に言うことはできません。むしろ協議を重ねても理解しあうことが難しい場合の方が多いと言えます。しかし、協議を重ねることによって、双方がそれぞれの思いを事実として認識することができるならば、そこから、こどもの利益を害することのない適切な親子交流に向けての合意に至ることはそれほど難しいものではないと思っております。

 要は、調停委員の協力を得て、どこまで協議を重ねていくことができるか、双方が相手の主張を否定し相手方の主張に反論することだけに終始することなく、相手の主張を事実として認識しあうことができるかであろうと思えます。双方またはどちらかが、それぞれの思いを事実として認識することを拒絶する場合は、残念ながら審判に委ねるしかありません。


【参考】

*面会交流に関する当事者双方の主張を知るには、以下のような実態調査資料も参考になります。

・「『面会交流及びこどもの変化に関する実態調査』報告書」2011年 「親子の面会交流を

 実現する全国ネットワーク」

・「家庭裁判所の子の監護に関する手続きを経験した人への調査結果ならびに家庭裁判所

 への要望」2022年 「シングルマザーサポート団体全国協議会」

など


*なお、面会交流に対して母親が抱く様々な不安は、母親に特有なものというわけではありません。ここでは母親がこどもの監護者であり、父親が面会交流を求めている場合を前提としていますが、父親が監護者で母親にこどもを会わせたくないと思っている場合は、上述した不安は父親の不安となります。その意味では、母親=監護者、父親=非監護者と読み替えても良いかと思います。ただ、母親だからこそ、父親だからこそという、単に監護者では括りきれない性差による特有の思いというものもあるのかも知れませんが、ここではその点に触れられるだけのデータは残念ながら集められておりません。

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